信夫山おもしろ話 Chapter.15 | 信夫山ガイドセンター
“信夫山”のおもしろ~い話  その71 ~ その75
このお話は「生活情報誌 リビング福島」にも掲載されています。
その71 昔の暁まいりとは②
 暁まいりの起源は、羽黒山が行った国家長久を祈る修正会(しゅしょうえ)という法会・神事の行事に始まります。これは、郷民が羽黒大権現の御開帳登拝し、朝日を拝むもので、「わらじまつり」と呼ばれるようになったのは、それに古代からの仁王信仰が結びついて、仁王門にわらじを奉納したものが、後に人々や飛脚問屋によって健脚・幸運のお守りに転じたものといわれます。  

 はじめ、三尺(約90センチ)ぐらいだったものが、日清・日露戦争の戦勝祈願を機に、一層大きくなり約4メートルに。大正時代になると村々が競い合い、6~7メートルになって境内の大杉に取り付けるようになりました。今では12メートルにも巨大化しています。
 先週号で書いたように、戦後に再興された暁まいりと大わらじは、熱狂的な祭りとなって、福島市周辺の地域の人々も臨時列車や臨時バスで押しかけてきました。商店や食堂、映画館も夜通し営業となり、市街地の人口は一挙に倍にも膨れ上がったそうです。
 羽黒神社は農産の女神「稲倉魂神(ウカノミタマノカミ)」で、縁結びの神。深夜の参道を男女が互いに助け合って登り、縁が誕生しました。神社では護摩壇でお札が焚(た)かれ、火渡りがあり、名物のゆず湯・ゆず飴・縁起だるまを販売。みんな心から満足して帰ったのですね。
 

H29.02.04発行 リビング福島に掲載

その72 本当の暁まいりは夜
 2月10日(金)の昼間が「大わらじ町中巡行」で、午後3時に信夫山羽黒神社に大わらじ奉納となります。そして、午後6時ごろからが、本当の「暁まいり」の始まりなのです。
 数万人が押し寄せたといわれる昔の暁まいりの行程は、今はよくわかりませんが、何しろ夜を徹して参拝者が登り、最後は、文字通り朝日を拝んで帰宅する者が多かったという話です。   

 実は、つい先年までは、本当の山伏たちが麓の黒沼神社で採灯式という神事を行って、ご神灯をもらい受け、法螺(ほら)貝を吹き鳴らしながら、たくさんの参拝者を引率して御神坂(おみさか)を登って行きました。
 御神坂では、一番目の小宮「八幡神社」の前で御山部落の山伏たちが出迎え、10本を超える松明(たいまつ)に火をもらい受け、明々と道を照らしながら赤鳥居をくぐり羽黒神社を目指しました。白装束の山伏と参拝者が入り混じり、にぎやかな行列です。
 羽黒神社に到着すると別の山伏の一団が待ち構えていて、祈祷(きとう)式が始まり、続いて護摩焚(た)きが行われます。巨大な炎が収まると、なんと山伏が火を崩し、火渡りの行が行われます。一般の参拝者も次々と火を渡って、無病息災を祈るのでした。そんな行事が取り止めとなったのは残念ですね。
 

H29.02.11発行 リビング福島に掲載

その73 信夫山トンネルの話
 さて、今は信夫山トンネルを通って、福島市の南部と北部を自由に往来することができますが、ほんの50年前までは、信夫山の北側に行くことはなかなか大変でした。
 信夫山の東の国道4号か、福島駅からの路面電車で競馬場前を通り、松川の鉄橋を渡って瀬上方面に行くか、西の飯坂電車か飯坂街道を経て、福島市北部に行くしかありませんでした。   

 昭和40年に信夫山トンネルが掘り始められ、昭和45年に完成。国道13号が開通しました。
 ここから、福島市内の交通体系が大きく変り、昭和46年には、長年「チンチン電車」として市民に愛されてきた路面電車が廃止されてしまいました。さらに、昭和50年に信夫山に第2トンネルが完成し、現在のような複線となったのです。
 それからの北部地域の発展は目覚しいもので、幹線道路が整備され、JA福島ビルをはじめ、次々と新しい建物ができてきました。
 昭和57年には信夫山に新幹線のトンネルが完成し、東北自動車道とともに世は高速交通時代に入りました。今年度内には東北中央道が開通。一層便利になるでしょう。
 イオン周辺には、福島の中心街に匹敵する新しい商業街区が形成され、にぎわっています。信夫山トンネルによる影響は計り知れないほど大きいものでした。
 

H29.02.18発行 リビング福島に掲載

その74 ひとつひとつ違うご利益が
 「御神坂(おみさか)」は、信夫山墓地の頂上、三差路の真ん中のところです。昔の羽黒神社への参道ですが、そこには江戸時代から続く史跡が残っています。
 興味深いのは、六供(ろっく)の小宮といわれるお宮が並んでいること。時代を感じさせるお宮ですが、それぞれに異なったご利益があります。
 登って最初に出会うのが右「正八幡宮」。南無八幡大菩薩で知られる戦いの神ですから、昔は出征兵士の武運長久で、現在は試験・就職の祈願にご利益があります。   

 次に羽黒神社の赤鳥居があり、その左が「天神社」です。天神さまは学問の神であり、雷神・農耕神でもありますね。
 さらに登ると、「羽黒観音」があり、その上が「ねこ稲荷」です。その少し上左に「牛頭天王宮」がありますが、なんと京都の八坂神社(祇園社)とつながりがあるといい、病気を祓(はら)うご利益があります。
 さらに上右の、江戸時代の飛脚問屋島屋の石燈籠の上に「三宝荒神」があります。荒神とは火の神で激しい験力を持ち、火伏・厄除けにご利益が抜群です。その上が「山王宮」で山の神・田の神つまり農耕の神様ですね。最後が御神坂頂上左の「一宮明神」で、五穀豊穣・商売繁盛・家内安全を願います。
 昔の人は信心深かったので、一つ一つ心を込めてお参りをしました。
 

H29.02.25発行 リビング福島に掲載

その75 今年も「ねこの幸せ祈願祭」開催!
 信夫山に登場してから、ねこファンに急に知られるようになったのが「ねこ稲荷」です。
 何が注目されたかというと、信夫山で「ねこの幸せ祈願ができる」というところ。しかも、愛猫の写真をケースに入れて、立派な奉納ボードに掲示してくれるのです。
 今年の「ねこの幸せ祈願祭」は4月16日(日)に決まりました。会場は信夫山護国神社で、午後1時から受付開始、テント張りの会場で持参したマイ猫写真にメッセージを書き込んだり、お礼をもらったりして、2時に護国神社でご祈祷(きとう)が始まります。

 ご祈祷が終わったら、いよいよねこ稲荷へ。急坂を登ると赤鳥居が並び、昔の雰囲気がただよう御手洗池(みたらしいけ)の奥に、大きな写真奉納ボートが見えます。そしてねこ稲荷の小宮が・・・。皆さん心を込めてマイ猫の幸せを祈ります。
 現在、写真は200枚を突破。フリーで訪れる人も多く、増殖中です!
 実は、この猫稲荷は「西坂稲荷」という正式な名前があって、伝説の「ご坊狐」の稲荷さま。人化かしの名人だったのですが、自慢のしっぽを失って改心し、蚕を食い荒らすネズミを退治する守り神になったのです。
 地域の人に愛されたねこ稲荷は、今では猫ファンの聖地になっています。全国にPRしたいですね。
 

H29.03.04発行 リビング福島に掲載
 

 
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