信夫山おもしろ話 Chapter.10 | 信夫山ガイドセンター
“信夫山”のおもしろ~い話  その46 ~ その50
このお話は「生活情報誌 リビング福島」にも掲載されています。
その46 女性に厳しい信夫山
 信夫山は「神の山」ですから、昔は厳しい戒律がありました。まず、羽黒山の氏子は四足(豚・牛等)・卵は、穢(けが)れものとして食べられませんでした。ただしウサギだけは、四足でも鳥として、何羽と数えるから食べて良かったそうです。
 百姓(農業)をするときには、人も馬も鳥居をくぐれないので、鳥居の脇の「百姓道」(馬道)を通ります。今でも、御神坂(おみさか)の赤鳥居のわきには「百姓道」が残っていますね。
 女性には一層厳しく、部落ではお産ができなかったり、死忌(いみ)、産忌、血忌があったり、羽黒山に参拝に行くにも正参道ではなく女坂といわれる脇道をたどりました。  

 ところが、そこにも怖い妖怪が出たのです。女坂のユズ畑の外れに「小豆とぎ石」という祟(たた)り石と、ナカンジョの池という暗い小さな池があります。夕方になるとそこに不気味な老婆が現れ、「小豆とぎましょか、それとも人とって喰(く)いましょか、ザックザック」と、何かつぶやいていました。そのため、暗くなったら女性は決して近づかなかったそうです。
 それから、西の羽山は御山の奥ノ院なので、女性禁断です。知らないで登ってきた子守の娘は、たちまち石にされてしまったそうで、「子守石」が今も残っています。なにしろ女性には厳しい信夫山だったのです。
 

H28.07.23発行 リビング福島に掲載

その47 宮沢賢治と信夫山の歌
 宮沢賢治といえば、「雨ニモマケズ」で有名な詩人であり、「セロ弾きのゴーシュ」「銀河鉄道の夜」などの童話作家として知られています。岩手の農民作家と自称して、「風の又三郎」などの話を独特の土地のなまりで書いていますね。
 一方、すごい科学者で生物、鉱物に精通し岩手の花巻農学校で多くの農学生を育てました。熱心な法華経信者でもあり、とにかく、とても謎めいた人なのです。  

 その宮沢賢治が、一度だけ福島を訪れたことがあります。大正5年、当時、東京との往復で、福島を通過することが多く、その途中で、福島に下車したものと思われます。阿武隈川に立ち寄り、歌を詠みました。
 「ただしばし 群れとはなれて 阿武隈の 岸にきたれば こほろぎなけり」の案内板が御倉邸にあります
 信夫山についても一首詠まれていて、「信夫山はなれて行ける機鑵車(きかんしゃ)の 湯気のなかにて うちゆらぐかな」とうたっています。
 当時は蒸気機関車だったので、頻繁に水の補給が必要でした。その湯気のなかに、信夫山がゆらゆらと揺らぎながら離れていく…という、ちょっと淋しい心境の歌でしょうか、信夫山は東京の行き帰りに、気にかかる里山だったのでしょう。
 惜しくも、昭和8年37歳で亡くなりました。
 

H28.08.01発行 リビング福島に掲載

その48 信夫山コラム2年目に突入!
 信夫山について、いろいろな情報をお届けしているこのコラムも48話で丸1年になりました。また、月1回の信夫山特集全ページも、第12回で完結します。
 おかげで信夫山に関心が集まり「こんな面白い話がたくさんあることを、知らなかった」という声が多く、信夫山コラムは2年目に突入することになりました!
 さらに、8月からはFMポコと連携して、毎週月曜日午後4時10分から、信夫山コラムのお話をお届けします。   

 さて、この1年を振り返ると、信夫山がいかに豊かな自然・歴史・文化・暮らしなど、多彩な資産を持っているかが分かりました。
 そしてこれからの信夫山を考えるとき、まずは、かつて福島市民にとって信夫山とはどんな存在であったのか? を理解してみることが大切だと気付きました。
 では現在、人々にとって信夫山はどんな存在でしょう。考えてみる必要がありそうですね。これからは、信夫山を豊かに活用することが、街を元気にし、みんなの心を豊かにしていくでしょう。
 花見山に次ぐ、観光スポットとして信夫山を全国にアピールすれば、街中の回遊も増加。スカイラインや、温泉、果物と連携した観光ネットワークも見えてきます。
 信夫山はすごい可能性も秘めた山なのですね。
 

H28.08.06発行 リビング福島に掲載

その49 信夫山の全まつり
 信夫山のお祭りというと、わらじ奉納の「暁まいり」以外は知らない人がほとんどでしょう。
 ところが一昔前までは、信夫山にたくさんのお祭りがあったのです。
 夏になると、まず7月は盛大に「夏まつり」が行われました。この時は、信夫山の上下の氏子が全員で「御神坂(おみさか)掃除」といって、南北西の旧参道を清掃しました。赤鳥居には大幟(のぼり)が立てられ、頂上の羽黒神社は、大したにぎわいになったそうです。  

 8月には「八朔(はっさく)の祭り」があり、これは特に福島一帯の商人が、もれなく参拝に集まりました。商売繁盛に特別ご利益のある祭りだったのですね。
 10月には「秋季例大祭」があって、これは市民みんなが祝う、五穀豊穣の感謝祭でした。明治時代に新しく制定されたものだそうです。
 年が明けると、まずは「元朝まいり」です。昔は、大晦日(みそか)の宵から元日にかけて、福島全域から人々が参拝に集まりました。そして新年の朝、みんなで山頂からありがたい初日の出を拝んで、一年の幸せを祈願したのだそうです。
 ご存じ2月の「暁まいり」は今回省いて、最後は旧3月の「春祭り」もありました。天下泰平と五穀豊穣・万民豊楽の大祈願祭だったそうです。
 やはり、信夫山は大した山だったのですねー。
 

H28.08.13発行 リビング福島に掲載

その50 信夫山のパワースポット①
 不思議な伝説や、謎に満たされている信夫山。となると、当然、パワースポットや強烈なマイナスイオンが流れているスポットが存在します。
 昔から、神社のあるところは不思議と霊気が強く、お参りをすると何か心身がすがすがしくなることは、皆さんも経験をしていると思います。
 実は、信夫山は、山全体が、そんなパワーに満ちた山なのです。  

 信夫山の西端「烏が崎」は、誰もが知っている絶景の展望デッキです。不思議なことに、ここで親指と人差し指で輪をつくると、強引に引っぱっても外れないとか。信夫山にデートに出掛けたときに、彼に輪をつくってもらい、引っ張って外れなければ、2人は結ばれるかも!
 烏が崎に登る手前の月山駐車場の下に「空海の座禅石」があります。昔、弘法大師(空海)が座禅を組んだ、という伝説がある大岩。その石に登って座禅を組むと、不思議に頭が冴え、すーっとストレスが消えていくようです。
 羽黒神社の大わらじの右奥には、上部に円相が刻まれた石碑があります。この丸い円の中央に頭を当てると、たちまち頭痛が治るといわれています。円相は大日如来を表し、古くから多くの人の悩みを取り除いてきたそう。不思議ですね。
 続きは次号に掲載します。
 

H28.08.27発行 リビング福島に掲載
 

 
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