まさか! と思うかもしれませんが本当の話です。昔々、仏教伝来で名高い第29代欽明(きんめい)天皇の時代、30代の敏達(びたつ)天皇の地位をめぐり、兄弟の王子が争うことになりました。勝ったのは、なんと弟の王子。こうして敏達天皇が誕生したのです。
争いに敗れた兄の淳中太尊(ヌナカフトノミコト)は、都を追われ信夫山に落ち伸びてきました。そして、兄を応援していた御母宮(欽明天皇の妻)の石姫皇后も信夫山に追われてきたのです。

その後、淳中太尊が亡くなると、信夫山の山頂に羽黒大権現として祀(まつ)られ、次いで皇后様がお亡くなりになると、黒沼神社に大明神として祀られました。この話は、信夫山護国神社の隣・黒沼神社に、神社縁起として大きく掲げられています。
この黒沼神社はたいそう古い神社で、護国神社(1879年.)よりもはるか昔から信夫山に鎮座していました。欽明天皇の時代は700年代ですから、この伝説は本当の話かもしれませんね。
なお、皇太子様についてきた6人の家来は、羽黒大権現の六供(ろっく)といわれる高僧になり、現在もその子孫が信夫山に住んでいます。皇后様についてきた7人の家来も七宮人と呼ばれ、同じく子孫が信夫山に住んでおられます。びっくり!
信夫山はこんな伝説がいっぱいの山なのでした。