今回は、信夫山が誰がつくったか、という子供が感心する伝説です。
昔々、どこからか大徳坊と呼ばれる大男がやってきました。大徳坊はたんがら(背負い籠)に三背ほど山土をいれて背負って来たといいます。そして、はじめに土をあけたところが「羽黒山」です。つぎに土をあけたのが「熊野山」で、三つ目に土をあけたのが「羽山」になりました。

 「羽黒山」は、大わらじと羽黒神社が祀(まつ)られている信夫山の中心ですし、「熊野山」は金華山ともいわれ村人の憩いの場でした。「羽山」はもちろん鴉が崎がある所ですね。
そして、底を見ると土くれが少し残っていたので、ぽんと空けたのがあの一盃森です。「わあ、そうだったの?」と子どもは目を輝かせます。
話はまだ続いていて、腹がへったので昼飯にしようと飯曲輪(まげわっぱ)を開いてみたら、飯の間に小石が混ざっていたので、箸でつまんで投げたのが石が森だといいます。石が森とは現在の阿武隈急行の卸町駅の脇にある巨岩の並ぶ小山です。一度は子どもと見に行ってみましょう。伝説の信夫の三狐の一匹「鴨左衛門」の巣穴があったところに、今は立派な朱色のお稲荷様が祀られています。
こんな風に、信夫山にはたくさんの伝説が残されています。森合の一盃森も登ってみましょう。