今日は、松川の流れと信夫山についてお話ししましょう。
現在、信夫山の北を流れる松川。実は以前は信夫山の南を流れていました。慶長5年(1600年)、伊達政宗が信夫山の護国神社前に本陣を構え上杉方と激しい戦いを繰り広げ、福島勢が伊達政宗を打ち負かしたという「松川合戦」の話はご存知の方も多いのでは。その当時、松川は信夫山の南を流れていて、現在の一盃森・福島テレビの南側から競馬場の北端を通って阿武隈川に注いでいました。では、いつから信夫山の北を流れるようになったのでしょう?

 現在の流れになったのは、寛永14年(1637年)の大洪水によるものです。堤防が無く、両岸に松が植えてあるだけだった松川は大きな被害を受けました。それによって、現在の南沢又の福島刑務所の上辺りで信夫山の北側に流れが変わってしまったのです。実際の松川を見ても、本当に信夫山の南を流れていたのか…なかなか実感が湧きません。
この季節、松川の川寒橋付近にはたくさんの白鳥が訪れていて、優雅な姿で私達を出迎えてくれています。川の流れと白鳥に癒されながら信夫山を見上げてみると、今までとは少し違った視点で楽しめるかもしれませんね。