信夫山は「神の山」ですから、昔は厳しい戒律がありました。まず、羽黒山の氏子は四足(豚・牛等)・卵は、穢(けが)れものとして食べられませんでした。ただしウサギだけは、四足でも鳥として、何羽と数えるから食べて良かったそうです。
百姓(農業)をするときには、人も馬も鳥居をくぐれないので、鳥居の脇の「百姓道」(馬道)を通ります。今でも、御神坂(おみさか)の赤鳥居のわきには「百姓道」が残っていますね。
女性には一層厳しく、部落ではお産ができなかったり、死忌(いみ)、産忌、血忌があったり、羽黒山に参拝に行くにも正参道ではなく女坂といわれる脇道をたどりました。

 ところが、そこにも怖い妖怪が出たのです。女坂のユズ畑の外れに「小豆とぎ石」という祟(たた)り石と、ナカンジョの池という暗い小さな池があります。夕方になるとそこに不気味な老婆が現れ、「小豆とぎましょか、それとも人とって喰(く)いましょか、ザックザック」と、何かつぶやいていました。そのため、暗くなったら女性は決して近づかなかったそうです。
それから、西の羽山は御山の奥ノ院なので、女性禁断です。知らないで登ってきた子守の娘は、たちまち石にされてしまったそうで、「子守石」が今も残っています。なにしろ女性には厳しい信夫山だったのです。