今日は、不思議な念仏橋のお話です。
旧参道御神坂(おみさか)には、六供・七宮人(ろっく・しちぐうじん)の小宮が並び、石姫伝説に関わる古い家柄の方々が、今も暮らしています。
その御神坂を息を切らしながら登ると、ぱっと視界が開け、羽黒神社の赤鳥居が見えてきます。
その平地の左に、不思議な石碑が立っていて、なんと昔は橋として使われていたそうです。しかも渡る際に、お念仏を唱えていたというのですね。

 その石碑は、文永の板碑といい、中央上に大日如来の種子が刻まれ、下に
右志者為非母之時
種子 文永十年 孝子敬白
菩提門造立之如件
と彫られています。
つまり、亡くなった母のために建てた供養碑で、孝子というのは本人のことでしょう。文永十年は、1273年ですから、今から745年も前(鎌倉時代)のものです。
昔は甘粕(第二展望台の近く)にありましたが、なぜか、泉川(信夫山トンネルの北側二つ目交差点)の橋として利用されたそうです。そんな恐れ多い橋ですから、渡るときにはお念仏を唱えたのでしょうね。
脇に副碑があり、詳しい訳が書いてあります。
このように、旧参道を少し登るだけで、信夫山の不思議を感じることができます。ぜひ探索してみませんか。