信夫山の黒沼神社には、板倉のお殿様が、代々絵馬を奉納していましたが、一方で、町衆・村衆も見事な絵馬額(龍図・花鳥図)を奉納しています。
これは、常時飾られているので、扉が開いているときには、自由に見ることができます。
絵馬額は、幕末の安政2年(1855年)に奉納されていますが、町衆とは福島町の豪商といわれた人たちで、当時の大商人は資産家になればなるほど、惜しみなくお金を拠出して、町の振興に尽くしました。

 びっくりするのは、その見事な絵馬額を描いた金澤椿山(ちんざん)という絵師は、なんと奉納に名前を連ねている豪商の一人、金澤弥五兵衛その人でした。商人であると同時に、狩野派の絵師だったのですね。
今も代々続く名家の名前が多く並んでいますが、中でも長澤春吉(但馬屋)は、その子孫たちが信夫山に石灯篭・地蔵尊・御賓塔(共同納骨堂)など、数々の寄進をしています。
信夫山を現在の桜の名所にした「桜樹満株栽植記念碑」にも、そんな商家の方々が名前を連ねています。昔の人は、本当に偉かったですね。
ちなみに町衆の寄進は「御城下町々絵馬」とあり、村衆は「御領内村々絵馬」と書かれ、豊作を祈願したものでしょう。