今回は「とうほう・みんなの文化センター」(福島県文化センター)と信夫山のお話です。
昔、県文化センターのところは鳥目(とりのめ)湿地といって、信夫山ふもとの窪地でした。一部が沼沢地となった湿地で、モウセンゴケなどの食虫植物や水草植物が多かったそうです。
一帯には、清冷な清水が沸いていて、昭和2年には文化センターの場所に「丸共製糸場」という工場ができました。

 その上にカニ沢という所があって、大蟹(ガニ)が住み、黒沼(ハローワークの向かいの噴水公園で昔は沼)の大蛇と戦い、はさみ殺したという伝説が残されています。
実は、信夫山への最古の正参道は、文化センターの東から登る道でした。昔、羽黒山参拝者は、霞町の常覚院という先達院で祈祷(きとう)を受け、祓(はらい)川で身を清めてから登ったそうです。大変でしたね。
旧参道の道筋ははっきりしませんが、東稜高校の校庭の上には、稚児石という信夫山48石やたんたら清水もあります。
また、産居(さんきょ)といわれるお産をする小屋もありました。
今、文化センターの後ろには所窪団地・信夫山墓地が整備され、湿原は無くなってしまいました。
こんな風に、信夫山はちょっと調べるだけであらゆる物語がでてきます。面白いですね。