間もなく信夫山の「暁まいり」ですね。毎年2月10日に「大わらじの奉納」が行われるのは知っているけれど、暁まいりは行ったことがない、という人が多いのではないでしょうか。
実は、昭和30年代までは、暁まいりは福島市だけでなく信達平野全体の最大の祭りとしてにぎわっていたのでした。
古老は言います。「俺が若い頃までは本当にすごい祭りだったなあ。『裸まいり』も盛んで、男子はふんどしを締めこんで、腰にはし

め縄を巻いて、白鉢巻きに足袋とわらじ掛け。梵天(ぼんてん)を先頭にして雪の吾妻おろしの中を、必死に駆け登って羽黒山に参拝したもんだった。その当時は大わらじも複数で、村々の若い衆が、雪の中悪戦苦闘して御神坂(おみさか)を担ぎ上げたもんで、今のように楽な奉納ではなかったんだ」。
「参拝する人手も桁違いで、男女とも押し合いへしあいしながら、滑る雪道を手を握り合い、助け合って登ったから、縁結びの行事とも呼ばれるようになったんだわい。今では考えられねぐらい大規模だったぞ」。
戦後、意気消沈した人々を勇気づけようと、大わらじが復興したのですが、わらじが大きくなるに従い、熱狂的な祭りに。なんと7万人ともいわれる人が詰めかけ、臨時列車や臨時バスが増発されてきます。続く。