暁まいりの起源は、羽黒山が行った国家長久を祈る修正会(しゅしょうえ)という法会・神事の行事に始まります。これは、郷民が羽黒大権現の御開帳登拝し、朝日を拝むもので、「わらじまつり」と呼ばれるようになったのは、それに古代からの仁王信仰が結びついて、仁王門にわらじを奉納したものが、後に人々や飛脚問屋によって健脚・幸運のお守りに転じたものといわれます。

 はじめ、三尺(約90センチ)ぐらいだったものが、日清・日露戦争の戦勝祈願を機に、一層大きくなり約4メートルに。大正時代になると村々が競い合い、6~7メートルになって境内の大杉に取り付けるようになりました。今では12メートルにも巨大化しています。
先週号で書いたように、戦後に再興された暁まいりと大わらじは、熱狂的な祭りとなって、福島市周辺の地域の人々も臨時列車や臨時バスで押しかけてきました。商店や食堂、映画館も夜通し営業となり、市街地の人口は一挙に倍にも膨れ上がったそうです。
羽黒神社は農産の女神「稲倉魂神(ウカノミタマノカミ)」で、縁結びの神。深夜の参道を男女が互いに助け合って登り、縁が誕生しました。神社では護摩壇でお札が焚(た)かれ、火渡りがあり、名物のゆず湯・ゆず飴・縁起だるまを販売。みんな心から満足して帰ったのですね。