さて、今は信夫山トンネルを通って、福島市の南部と北部を自由に往来することができますが、ほんの50年前までは、信夫山の北側に行くことはなかなか大変でした。
信夫山の東の国道4号か、福島駅からの路面電車で競馬場前を通り、松川の鉄橋を渡って瀬上方面に行くか、西の飯坂電車か飯坂街道を経て、福島市北部に行くしかありませんでした。

 昭和40年に信夫山トンネルが掘り始められ、昭和45年に完成。国道13号が開通しました。
ここから、福島市内の交通体系が大きく変り、昭和46年には、長年「チンチン電車」として市民に愛されてきた路面電車が廃止されてしまいました。さらに、昭和50年に信夫山に第2トンネルが完成し、現在のような複線となったのです。
それからの北部地域の発展は目覚しいもので、幹線道路が整備され、JA福島ビルをはじめ、次々と新しい建物ができてきました。
昭和57年には信夫山に新幹線のトンネルが完成し、東北自動車道とともに世は高速交通時代に入りました。今年度内には東北中央道が開通。一層便利になるでしょう。
イオン周辺には、福島の中心街に匹敵する新しい商業街区が形成され、にぎわっています。信夫山トンネルによる影響は計り知れないほど大きいものでした。