信夫山には「二十三夜塔」という不思議な石碑があちこちにあります。
「二十三夜に、女性だけが集まって開く秘密の(?)集会だった」という謎めいていますが、これは室町時代の後期に京都の公家社会で始まった「月待ちの行事」で、やがて民間にも広がり近年まで続いていたものです。
何かというと、月の出が一番遅い、旧暦二十三日の夜は、深夜0時ごろになってようやく月が昇り始めます。しかも、その月は下弦の月で、特別の霊力があると信じられていました。

 その月の光を浴びると若返りや、不老長寿の効力があるといわれていて、女性たちは心を清めて月の出を待ったそうです。春は牡丹餅(ぼたもち)、秋は御萩(おはぎ)を23個お供えしました。
ところが、時代が下るともうひとつの楽しみも加わってきました。みんなで持ち寄った料理を食べながら、女性たちは真っ暗なその夜だけは、思いっきり舅(しゅうと)の悪口を言っても良かったのです。それがだんだんと安産や子育て、家内を相談する「観音講」に変っていったのですね。
信夫山で有名なものは、羽黒神社の登り口右にある「弘安の逆さ板碑」で、文政(江戸時代)の碑なのに弘安(鎌倉時代)の文字が逆さまに書いてある、つまり再利用しています。二十三夜塔は羽黒神社境内や、岩谷観音にもありますよ。