信夫山ほど恋の歌に詠まれた山はないでしょう。平安時代から、都人の「奥州みちのく」への憧れは大変なもので、たくさんの歌が残されています。
中でも「信夫山」は人気の的で「しのぶ」という響きが、忍ぶ(人目を忍ぶ)、偲ぶ(思い慕う)、慕う(懐かしくおもう)、さらに、恋の哀しさや世の憂きことを忍ぶ(耐え忍ぶ)を連想して、恋心に思いを重ねたのでしょうね。
信夫山を詠んだ歌だけでも90首あります。

「しのぶ山 しのびてかよふ道もがな 人の心の奥を見るべく」(伊勢物語15段)=「あなたの元へ人目を忍んで行ける道があったらなあ、あなたが心の奥で私をどう思っているのか、知りたいのだ」という意味になるのでしょう。この場合の「しのぶ山」は“しのぶ恋”の形容詞のように詠まれていますね。
「いかにせむ 信夫の山を超えかねて 帰る道にはまた惑ひける」(慈円)=「あなたを偲ぶ恋心を打ち明けきれず、どうしたものか、ひとり帰り道にも、まだ迷っているのです」と、少々情けない男心ですが、本当に好きな女性にはなかなか打ち明ける勇気が出なくて、男は惑うのです。
でも、そんな歌をもらったら、思わず許してしまうかも知れませんね。続く…。