信夫山は、歌枕(和歌を詠むときに定番として出てくる名所)として数多くの歌に登場しています。信夫山を詠んだ和歌は90首もあり、全国的に有名な歌枕でした。
そして信夫山は、しのぶ(信夫)という言葉そのものが、恋を表しています。都の人は、みちのくの信夫山というより言葉の上で、信夫山を「恋」の代名詞のように詠んだのではないでしょうか。

 「尋ねばや しのぶの山のほととぎす こころの奥の ことや語ると」(千載集)=「ひそかに訪ねていこう、しのぶ恋のあの人のところに、心の想いを、聞けるかも知れない」昔の人は、恋する人をほととぎすに譬(たと)えることが多かったようですね。
「人しれぬ 思いしのぶの山風に 時ぞともなき 露ぞこぼるる」(新拾遺集)=「人しれずお慕いしている、あなたへの思いは、緑の風のように溢れ出して、あなたを想うとき、涙がこぼれるのです」でしょうか。
珍しく、恋を直接に詠(うた)ったものでない歌もあります。
「みやこには 花もちりあえず 陸奥のしのぶの山は 春風の頃」(新後拾遺集)=「都の桜はとうに散ってしまっているが、みちのくあたりは、ようやく春風の吹く頃だろうな」といった意味ですが、背景にはやはり、憧れる女性に思いを寄せる恋心が感じられますね。